ヤショーダラーワタ

大学院ネタがかなり飛んでおりますが・・・
実は4月に入ってスリランカのお正月が終わるまでお休みになり、その後ウェサックもお休み、5月から1ヶ月ほど(約4回)行われた後、3週間のストライキに入り、6月末に再開、そんな感じでとにか
お休みの多いスリランカの大学。
そんな大学院だけど、私の中で難しいけれどとても興味のある授業はH先生のスリランカの文化についての授業。
「そのうちに昔のスリランカでのウーラ(豚)の食べ方(殺し方)も話が出ると思うよ。[[pict:good]]」
と聞いていて、ドキドキ[[pict:bomb]]してるところだけど(スプラッタは好きじゃないので。)、とりあえず今の授業は『ヤショーダラーワタ』という本から読み取れるスリランカの風習について。
ヤショーダラーというのはブッダが出家する前に結婚していた奥さんのことだけど、ブッダが出家する前から悟りを開いた後までのことをスリランカの人たちが詩にした本の題名が『ヤショーダラーワタ』
時代はキャンディ時代に書かれたものといわれているけど、面白いのはスリランカの人たちが考えたブッダやその周りの人たちの行動について。
仏教ではシッダールタクマーラ(シッダールタ王子)は自分の子供に会わないまま出家したといわれていて、更にその時に泣いたというような記述はないという。
でも子供を大切にするスリランカではその行動は理解しがたいことだった。
だからヤショーダラーワタではシッダールタクマーラは泣きながらこっそりと子供のいる部屋の近くまで行く。
(この時に子供の姿を見ている可能性もある詩の書き方になっている。)
キャンディ時代にこの詩を書いた人たち(一応複数で書いているという説が有力)には、子供がいるのに出家したシッダールタクマーラの行動を考えつつ、でもそんなことが子の親として本当にできるのか、という理解しがたい部分のつじつまを合わせるためにきわどい所でスリランカオリジナルでストーリーを作った。
これは仏教の伝え方が間違っているかどうかではなく、ここからスリランカの人たちというのはそれだけ子供を大切に思っている人たちであったということが読み取れるということ。
また、シッダールタクマーラが出家した直後、戻ってきたチャンナと馬のカンタカ
それを見たヤショーダラーは飛び掛って激怒[[pict:anger]]する。
「私の夫はどこへ行ったの!?
今からでも行って連れ戻してきなさい!」
と。
こういった部分もスリランカの人たちのよくある行動。
この詩を書いた人たちはブッダのことを考えつつ、それがスリランカだったらこういう流れになるのが普通だろう。と自分たちの感覚に当てはめて考えている。
だからこそ今、現代でこれを読む人たちにはその当時がどのような考え、家族への思いを持っていたのかを知ることができる一つの資料となる。
私にとってはヤショーダラーワタの内容の理解だけでなく、ブッダや仏教についての勉強も必要になってくる。
風習を理解する前に知らなくてはいけないことがいっぱいだけど、全部ひっくるめてとても興味深い。
ブログでこういうことを書き始めると難しそうになってしまうので、深くは書きませんが、総じて[[pict:kirakira2]]スリランカの文学はすごい![[pict:heart]]ということで。。。
(もっと簡単に言ってKeikoはシンハラ語[[pict:symbol1]]ってことです。)
Keikoとしてはスリランカの詩を理解する力も上がるだろうと期待しつつ、
まだまだがんばってます。

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