寮生活で得たもの

2010年、大学に来た後、約1年半生活していたのが大学生専用の女性寮(個人経営)。
最近、いろいろ思い返しても大学寮にいた時間って本当に大変だったな〜と思う。
あの時には大変だと思っていなかったんだけど、自分で料理をするようになってわかったのは、第一に自分がどれだけお腹を空かせていたのかということ。
そんなにお腹を空かせてたの!??

と思われるかもしれませんが・・・
お金のない寮生との生活。
台所はないから毎日の食事はその辺のお店で買って来るしかない。
ということで買って来るものの、1人1つ(ハーフ)を買って来るよりも大盛り(フル)を買って来て2人で分けたほうが割安になるからって理由で。
3人で食べるならハーフ2つ、4人ならフル2つ。
そうやって調整して分け合って食べて、お金は割り勘。
そうして食べる1食Rs25から数十ルピーのご飯。
ちょっと足りないな〜と思ってもそれからもう買いに行くこともできないから、
「ふ〜、おなかいっぱい。十分、十分。」
一緒に食べたメンバーとそう言い合うことでおなかがいっぱいになったと言い聞かせていたような気がする。
当時はもちろんそんなことは思いもしないで、自分が本当におなかいっぱい食べたと思ってた。
でも、引っ越して自宅でご飯を食べるようになってみて、外で買って来る食事以上に
ご飯をおかわりして食べてる今、あの時、本当にお腹がいっぱいになっていたわけではなかったんだな〜と心から思う。
あ、でもちなみにあの時の割り勘生活だと1か月の食費はRs3500あれば十分という格安な日々でしたけどね。
寮の相部屋が1か月で1人Rs2250。水道代、電気代は両方合わせても100ルピーもしないから、それと合わせても1か月Rs5850ぐらい。
Rs10000あれば十分生活できる。
超格安生活でした[[pict:symbol7]]

スリランカに来る日本人にとってスリランカの人たちとの共同生活はとても大変でストレスもたまる。
習慣も違うし、生活も違うし、考え方も違うってことで。
そこで逃げ出したくなったりスリランカ滞在が嫌になっちゃったりした話も聞く。
私も10人での寮生活だったけど、もちろん気の合う子、合わない子いましたよ。
でもそんな中でも親友と言える友達と出会うこともできたし、それでもこんな生活でも楽しくいられたのは私が知りたかったのがシンハラ語だったから。
1人で一部屋を使っていては毎日部屋に入った途端そこはシンハラ語の世界じゃなくなる。
だからこそ同室の子がいて良かったと思う。自分が望んでも望まなくてもシンハラ語の世界が続くから。
そんな寮の生活をして、もうひとつ私が手にしたとても小さなことだけど大切な事は・・・
朝、昼、晩のスリランカ料理の違いを知ることができたこと。
スリランカ料理は日本では基本的にすべてカレーと思われてる。
確かにトゥナパハとチリが入った食事だから基本的にすべてカレー。
でもそのカレーでも朝に適しているもの、昼や夜に食べたくなるものが食材や料理の仕方によって変わってくる。
スリランカ料理だって毎食ガッツリ食べているわけじゃなくて、起き抜けに食べる朝ご飯は軽く。
昼、夜は魚や鶏肉なんかを合わせてガッツリ。

でも、果たしてガッツリってどんな料理?
そこがやっぱりどれだけ学んでも感覚的にわかるようにならないと難しい部分。
ずっと前、お手伝いさんを雇っている日本人の悩みで
「お手伝いさんが、日本食が作れるのはいいんだけど朝ご飯からいきなりオムライスとかハンバーグとか作ってしまうんだけどその辺り教えるのが難しい。」
そういう話も聞いた。
それぞれの国の料理を知ることは料理をする第一歩。
でもそこから更に知らなくてはいけないのはその料理は朝、昼、晩どの時間に食べるのが良いものなのか、ということ。
その3食の食事の違いは料理の仕方を学ぶだけで知ることはなかなか難しい。
それを私は1年半の寮生活の中で知ることができたことは今の生活にとても役に立ってると思う。
だからこそ、今、お弁当日でスリランカカレーを作って持って行く時にも
「この料理はお昼ご飯としてどうなのか?」
「この付け合わせは他のおかずと合うのか?」
そういうことが感覚的にわかるようになった。
そういうことを考えると本当によく思うんだけど、人との出会いも本当に良いご縁をもらってここまでみんなに助けられて歩んで来られた。
でも状況との出会いも私はその時、自分の受け入れられる許容範囲で少しずつ無理せず、気付かないうちにいろいろな事を学び、階段を1つずつ上がるようにここまで来られたと思う。
日本からスリランカへ来た時、本当に不安はいっぱいだった。
今も不安はいっぱいだけど、あのときとはもう少し違う不安がいっぱいで、最初のころにあった不安は気付かないうちに乗り越えていたことにも気付かされた。
私の人生は今でも先が見えないけど、それでもここまでとりあえず進んで来られたこと、デヴィヨ(神様)に感謝したいと思うこともしばしばある。
気持ちは持ちようというし、悪く見たら私も運が悪い事もたくさんあったのかもしれないけど、日々思うのは
「私は本当に幸運に恵まれてるな〜[[pict:kirakira]]」
ということ。
日々不幸だと思えば毎日が不幸になっていくけど、日々良いことがあるたびに
「私は幸運だな〜![[pict:kirakira2]]」
と思うと更に幸運が増してくるような気がするのは気のせいかな〜?
いずれにしてもそんな知識もつけることができた1年半の寮生活。
もし人生を始めからやり直すということになっても
きっとあの寮を選ぶんだろうな、私。
そんな気がする今日この頃。

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