クリスマスはプレゼントがもらえる日?

子育て

師走に入ってだんだん寒くなってきて、世の中はクリスマスとお正月の売り出しで忙しくなってくるシーズン。
そんな中、今年から幼稚園に行き始めた娘の期待も膨らんでます。

幼稚園の中も大きなサンタさんやクリスマスツリーが飾ってあって、ツリーの下にはプレゼント。
キラキラした飾り付けに娘も興味津々のよう。
でも、そんなクリスマスの雰囲気満載の中、申し訳ないけどあまりクリスマスを盛大にやる気がなかった私。

スリランカにいた時、街中ではクリスマスの飾り付けがされるものの、そのためのプレゼントを買いに人が殺到するということもなく、それほどみんなワクワクしていたわけでもなかった。
というのもスリランカでは仏教徒が多いし、その人たちはクリスマスとは関係がない。
小さな子供も「クリスマス?ウチは仏教徒だからないよ?」とサラッと言うことが多かった。

さらにとっても敬虔なキリスト教徒の知り合いにクリスマスに何をするかと聞いたところ
「クリスマスは家族で過ごす時間だからみんなでささやかに過ごすよ。夜にパーティー?そんなことはしないよ、食べるのは昼のランチ。クリスマスのプレゼント?そういうサンタとかプレゼントとかはキリスト教のプロモーションだよ。実際にはそんなことしないから。😁」
って笑われたことがあって、その時に「そうだよね、確かに彼らにとって大切なのはイエス様の降誕をお祝いするということ。プレゼントやケーキ、サンタクロースは彼らの本筋じゃない。」と実感。
それからクリスマスは私の中で何かしなければいけないものでもなくなり、街中の賑やかな飾り付けを見てシーズンを知るくらいになってました。

でもそんな中、まだクリスマスをよく知らない娘の期待がむくむくと膨らんでるわけで…。
対して宗教にこだわっているわけではないとはいえ、だからといってクリスマスを盛大にやるという気にもなっていない私。
市場のクリスマスの盛り上がりに乗らなきゃいけない理由はないと思うんですよ。
やってもいいけど、食事とケーキくらいでささやかに済ませればいいじゃない。

そう思っていた矢先、娘がもらってきた幼稚園からの手紙で12月活動予定の中に「クリスマスを心待ちにし、友達とクリスマス飾りを作る」の文字が。
なるほど…幼稚園でまたイベントを通して娘の期待がさらに膨らみそう。
そう思ったので、先日夜寝る前に娘に話をしました。

・世の中には宗教というものがあって、我が家は仏教徒であること。
・クリスマスはキリスト教徒のお祝いで、イエス・キリストが降誕したお祝いであること。
・だからクリスマスは特に我が家とは関係がないということ。

全部は分からなくても、何も分からず、何も知らずにただプレゼントを期待する日にして欲しくはなかったからこその説明だったわけで、プレゼントは自分の誕生日にもらえるからいいでしょう?クリスマスがイエス様のお祝いの日なら、プレゼントをもらうのは誰?(←娘ではないという意味)

そんな話をして寝かせたんですよね。それが2〜3日前。
そしたら今日、夕飯を作っているところへ娘がやってきて
「おかあさん、わたしも おてつだいする!あのね、せんせいがね、おてつだいしていいこにしてたら クリスマスのプレゼントもらえるよっていってたの。」

何と!先生!!!😂
世の中の流れとは違っていたとしても、物の本質を知ってその中で自分たちがどうするか、みんなと違っていてもその理由をちゃんと知って、我が家のやり方でいけばいいと思っていたのにしっかり先生からプレゼントを渡してあげてくださいねって間接的にメッセージが投げられてきた気がして笑っちゃいました。

でもこれはすでに日本の年末の伝統行事ってことになっちゃってるってこと?

もし私が日本人と結婚していたらこういうことは考えなかったかもしれない。
でも宗教で行事も様子も家庭によってガラリと違うスリランカを知ったことで、自分たちに必要な行事だけを楽しめばいいし、そもそもその行事ってどんなもの?って考えるようにもなった。
日本に帰国してからも満月や月の満ち欠けには敏感になったし、4月の新年にはスリランカの明るい日差しを思い出してワクワクする。仏教関係の行事も少しずつ子供に話をしてあげないと。
そう思っていたところでのこのクリスマス。
日本とスリランカにルーツを持って子育てをするってこういう時大変ね。って思ったのでした。

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