内戦の思い出

日々の生活の中で
ふとした時に思い出すスリランカの内戦のこと。
一番思い出深いし、
いろんなことを考えさせられたのは
やっぱり内戦が終わったその瞬間の
人々の様子。
私はキャンディの街中にいたけど
その裏路地を歩いていたら携帯が鳴って
見たらSMSで
『プラバカラン(LTTEのリーダー)死亡。』
の情報が。
その直後から爆竹が鳴り始めて
通りすがりの人たちと一緒になって大喜びする人々。
何が起こったのかと思ったけど
あれが内戦の終わりを告げた瞬間でした。
あの頃、バスに乗るのは私営のバス。
国営のバスは自爆テロに会う可能性が
私営のバスよりも高かったから。
バスの中で忘れ物、落し物があったら
触らずにコンダクター(車掌さん)に伝える
って鉄則を忘れて、
前の座席の下に落ちていた携帯を拾って
コンダクターさんに渡した日、
あの時のことは今でも思い出すと冷や汗が出る。
キャンディにいたころ、
コロンボへ遊びに行って
そろそろキャンディに帰ろうかな?
とコロンボのバスステーションへ行こうとしていたころ、
そこで自爆テロがあったと情報が入って
キャンディに帰るのを1日延期したことも。
内戦が終わった2〜3年後に
大学とコロンボを行き来するのに
私も使ったことのあるバスを見て
「あのバスはたぶん自爆テロで
爆破されたことがあるバスだよ。
修理してまだ使ってるみたいだね。」
と言われて爆破されたバスって
修理して使えるのね。
って驚いたこともありました。
私も夢中だったし、
日本にいたら体験できなかったこと
と意識して生活していたわけではなかったけど
今考えると特別な時間を過ごしたな〜としみじみ。
私は「戦争を知らない子」で産まれたけど
結果的にちょっとだけ「内戦体験者」になった。
夫ももちろんガッツリ「内戦体験者」
娘と息子を見ながらふと
この子たちは「戦争も内戦も知らない子」なんだな〜。
これまでも事あるごとに
夫とお互いの内戦の体験話はしてきたけど
子供が大きくなってきたら時間を見て
少しずつその私たちの体験した内戦のことを
話していかないといけないな。
ふと思ったのでした。

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